【映画】『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』戦争の先にあるものを考えた完結編

本と映画のこと

待っていました。

『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』

前作『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』から続く物語であり、完結編。
前作では戦時中にタイムスリップした百合と、特攻隊員・彰との出会いが描かれました。

あれから7年。
百合は、彰が夢見ていた教師になっています。
それだけでも、前作を知っていると胸にくるものがありました。

彰に似た青年・涼との出会い

そんな百合が、かつて彰と訪れた「百合の丘」で出会ったのが、彰の面影を持つ青年・涼。
最初は私も、

「もしかして彰の転生?」

なんて思いながら観ていました。
でも、涼は彰とはちょっと違う。
明るくて、人を気遣うことができて、周りを笑顔にしてくれる。

原作者・汐見夏衛さんと福原遥さんの対談を読んで、このキャラクターにとても納得しました。
涼は、もし彰が現代の日本でのびのびと育つことができたなら、こんな人になったのではないかという発想から生まれたキャラクターなのだそう。
それを知ると、涼の笑顔の見え方まで少し変わりました。

彰にも、こんなふうに笑って生きられる人生があったのかもしれない。
戦争さえなければ――。

そう考えると、切ないんですよね。

千代がずっと大切にしていた人形

そして、もう一人印象に残ったのが、倍賞千恵子さん演じる千代。

同じく特攻隊員だった石丸さんを想って作った人形を、ずっと大切に持っているという設定があります。
この設定は、倍賞千恵子さんご本人からの提案だったのだとか。
これを知った時、

俳優さんってすごいなぁ……。

と改めて思いました。
映画の中で描かれている時間だけではなく、その人物がそこに至るまで、どんな人生を歩いて、誰を想い、何を大切にして生きてきたのか。
劇中では映らない部分まで考えて「その人」になっている。
だからこそ、何気ない表情や仕草だけで伝わってくるものがあるのかもしれません。

戦争から帰ってきた人たちにも、その後の人生がある

そして今回、私が特に考えさせられたのが、井之脇海さん演じる藤谷林吉(千代の旦那様)でした。
戦争による深い傷を抱えて生きる人物です。
戦争は、終戦の日を境にすべてが終わったわけではない。
生きて帰ってきた人たちの中にも、その後何年、何十年と戦争を抱え続けた人が、きっとたくさんいたのだと思います。
この姿を観ながら、私は昔、亡くなった叔母から聞いた話を思い出していました。

叔母から聞いた、叔父の戦争体験

父方の長男だった叔父は大正生まれで、兵役を経験しています。
戦争が終わり、無事に帰ってきた叔父。
ところが帰国してからしばらくの間、一言も話さず、毎日ただ部屋でぼーっと過ごしていたそうです。
妹だった叔母は、そんな兄が心配で何度も話しかけた。
でも、反応がない。

そんな日が続いたある日。
叔父が、ポツリ、ポツリと戦地での出来事を話してくれたそうです。
中国での戦争体験でした。
叔母から私が聞いた話では、日本の敗色が濃くなっていた頃、川のほとりで日本兵が次々と銃殺されていく光景を叔父は目の当たりにしたそうです。
叔父は上官の指示で川へ飛び込み、投げ込まれた遺体の中に身を潜め、兵士たちが立ち去るのをじっと待った。
そして、生き延びた。
その後どのようにして日本へ帰ってきたのか。そこまでの話を、私は聞いていません。
ただ叔母は、兄から聞いたその話を、70年以上経っても忘れられないと言っていました。

私が知っている叔父は、いつも笑っていた

私の記憶に残っている叔父は、そんな人ではありません。
いつもニコニコしていて、とても温厚で優しい叔父。
私が知っているのは、その姿だけです。
だからこそ、叔母から戦争中の話を聞いた時は信じられないような気持ちでした。
あの優しい叔父が、そんな光景の中にいた。
そして、そんな経験を抱えながら、その後何十年もの人生を生きた。
叔父が戦争について私たちに話すことはありませんでした。
話したくなかったのかもしれない。
忘れたかったのかもしれない。
それとも、言葉にできなかったのかもしれません。
今となっては分かりません。

「戦争が終わる」って、何だろう

『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』を観ながら、私はずっとそんなことを考えていました。
教科書では、「○年、終戦」と一行で書かれてしまう。
でも、その日にすべてが終わったわけではないんですよね。
亡くなった人。
大切な人を失った人。
帰ってきても、心だけは戦地から帰ってこられなかった人。
その記憶を抱えた家族。
一つの戦争の後ろには、教科書には載らない無数の人生があったのだと思います。

今も、世界のどこかで

そして今も、世界では戦争が続いています。
それぞれに守りたいものがある。
それぞれに正義がある。
愛する人を守りたいという気持ちもあるでしょう。
でも、その「正義」と「正義」がぶつかった先で失われるのも、また誰かの大切な人です。
親だったり。
子どもだったり。
恋人だったり。
友人だったり。
そして、生き残った人たちの人生にも、長い長い傷を残していく。

本当に、それしか方法はないのでしょうか?

彰が涼のように生きられる世界であってほしい

この作品を観終わって、私の中に残ったのはそこでした。
もし彰が戦争のない時代に生まれていたら。
夢だった教師になって、誰かを笑わせて、恋をして、歳を重ねることができたかもしれない。
涼という人物には、彰が生きることのできなかった「もうひとつの人生」が重なって見えました。
戦争よりも大切なものは、きっとたくさんある。
大切な人と笑うこと。
好きな人と一緒に生きること。
夢を持つこと。
そして、明日が当たり前にやってくること。

私が叔母から聞いた叔父の戦争体験も、やがて私が語らなければ、誰も知らない話になっていきます。
だから、こういう映画をきっかけに思い出し、考えることにも意味があるのかもしれません。

『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』

百合と彰から始まった物語の完結編。
恋愛映画としてだけではなく、

「戦争とは何なのか。そして平和に生きられることが、どれほど大切なのか」

そんなことを、改めて考えさせてくれた作品でした。

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