私が役所に『助けて』と電話するまで

介護は綺麗事じゃない

一泊二日のお墓参りから帰ってきました。

家に着いて、父の冷蔵庫を確認して……唖然。
出かける前に用意しておいたのは、

・お弁当2個
・ロールパンを小分けにしたものを2袋
・予備の食パン1袋

一泊二日なので、これだけあれば大丈夫だろうと思っていました。
ところが、食べてあったのはロールパンだけ。
お弁当は電子レンジで温めた形跡があるのに、食べていない。
そしてなぜか……

電子レンジの中には、未開封の食パンが袋ごと入っていました。

え???
どういうこと???
食パンまで温めようとしたのか?
それとも、全部一度に食べようとしたのか?

食べ物がたくさんあると、何をどう食べればいいのか頭が追いつかなくなってしまうのでしょうか?

結局、お弁当も食パンも廃棄しました。
ため息しか出ません。

「どうして、こういうことしたの?」と聞けば
「なにをぉぉぉぉ!?💢」と逆ギレ。

いやいや。
それを言いたいのはこっちだっーーーの!!

なぜか「お米」だけを食べない

これも何度目かわかりません。
お弁当のおかずだけを食べて、ご飯は丸々残す。

朝食用に置いてあるパンを食べ、お菓子を食べ、お弁当のおかずだけ食べる。
そして、ご飯は残す。
その結果、お腹が空くのか、深夜までウロウロし始める。

いや……米くえや💢

私は捨てるためにお米を買っているのか?とも思ってしまいます。

「ご飯も食べて」と何度言っても、ガン無視か逆ギレ。
下手をすれば手が出てくる。
パンやお菓子ばかり食べたがる姿を見ていると「子どもか??」と言いたくなります。

でも、これも認知症の影響なのでしょうね。

「理性が失われていく」という話

先日、事業所の代表のケアマネさんと話す機会がありました。
その時に言われた言葉が、少し印象に残っています。

認知症になると理性が失われていく。
暴言や暴力、身勝手に見える行動も、理性によって抑えられていた部分が表に出てくることがある。
素の自分(本来の自分)の自我だけが残る。

それを聞いて、少しだけ納得した部分もありました。
もちろん、だからといって暴力や暴言を受ける側が我慢し続けられるわけではありませんが💦

むしろ「これから先、もっと何が起こるかわからない」という怖さがあります。
何か起きてからでは遅い。

そのため代表のケアマネさんと相談して、入所できる可能性のある特養を片っ端から申し込んでいくことになりました。

ここに至るまでに、ひとつ大きな出来事がありました。
父を泌尿器科へ連れて行った日のことです。

当時の私は、今飲んでいる薬をまだ始めておらず、自分自身の体調もかなり悪い時期でした。
歩くことさえしんどい。何をするにも常に身体が痛い。

それでも父の家族としての窓口は私しかいないので「病院へ連れて行ってください」「これをしてください」と、ケアマネさんや看護師さんから要望は来る。

私は何度も「しんどいです」「体調が悪くて動けない日があります」と伝えましたが、お構いなく「娘様も大変ですが、よろしくお願いします」の返信のみ。
状況はほとんど変わりませんでした。

父の病院にも無理をして連れて行っていました。
だから周囲から見れば「病院へ行けている=できる」だったのかもしれません。

「なんで私だけなんだろう?」

そんな時、昔のことまで次々と思い出しました。
我が家は昔から「兄は長男だから」という考えの強い家庭でした。
葬式や結婚式など親戚の集まりに兄が参加するのは当たり前。
私は女だからと、参加させてもらえないことが何度かありました。

兄が病気になってからは、母方の親戚からも「あの子は病気で、かわいそうだから」と言われ、いろいろと援助を受けてきました。
兄がギャンブルなどで作った250万円ほどの借金も、母方の親戚が肩代わりしました。
一方で私は「あなたは健常者だから」いつもそれで終わり。

聞き飽きたわ。
私は大丈夫だから助けなくていい。
私は動けるからやって当然。
ずっと「大丈夫な人」にされてきた気がします。
でも、私だって大丈夫じゃない。
病気になっても誰も助けてくれない。
そんなことを考えていたら、涙が出てきました。
その時は本気で、この家に生まれてきたことを呪いました。

今思えば、しんどすぎて痛すぎて「なんで自分ばっかり」という気持ちが全面にでて、まともな考えができなかったんでしょうね。

私にとって「家族だから」は理由にならない

父も兄も、戸籍上は私の親族です。
けれど私にとっては、支え合ってきた「家族」という感覚はほとんどありません。
言葉を選ばずに書けば、

私にとって父も兄も、ただのパラサイトです。

困った時には私に頼り、こちらの事情や体調はお構いなし。
幼い時から二人に暴力を振るわれてきました。

父にいたっては現在進行形で、暴言を吐き、時には暴力を振るい、力で私を自分に服従させようとしてくる。
それでも「親だから」「家族だから」という理由だけで、私が世話をするのが当然なのでしょうか。
私はそうは思えません。

もちろん、認知症によって変わってしまった部分もあると思います。
でも、これまでの父との関係そのものが消えてなくなるわけではありません。
私は「大切な父を最後まで家で介護してあげたい」という気持ちで介護をしているわけではありません。
行き場がなく、家族の窓口が私しかいない。
だから今までやってきただけです。

もう無理。だから役所に電話した

そんな状態のところへ、またケアマネさんや看護師さんから父についての要望。
もう無理でした。
自分でもどうしたらいいかわからなくなって、役所へ電話しました。
何か手立てがあるかもしれない。
誰か助けてくれるかもしれない。
そんな気持ちでした。

ところが返ってきたのは「特養など施設への申し込みは、ケアマネジャーを通して……」という話。
その時の私には「役所も助けてくれないの?」としか思えませんでした。
じゃあ、私はどうすればいいの?
絶望感しかありませんでした。

役所への電話をきっかけに

ただ、その電話がきっかけになったのか、その後は事業所の代表のケアマネさんが連絡をくださるようになりました。
訪問看護師さんの変更もお願いしました。
ただ、担当できる方が一人しかいないとのことで変更はできず「今後は必ず電話で連絡する」ということで、現在は様子を見ています。ですが、あれからメールが1通きただけで、お話はしていません。

以前のケアマネさんからは、たまにメールが来ます。
そこにも必要最低限の返信しかしていません。

二人とも
「そんなに体調が悪化しているとは思わなかった」
「病院へは行ってくれると言っていたので……」と言われました。

……散々言ったやん。
何度も何度も「しんどい」「体調によっては動けない」と伝えていました。
それでも「まだでしょうか?」の催促しかなかった。

私が無理をして動いていたから「できている」と思われていたのでしょう。
でも、無理をすればできることと、できることは違います。

何か起きてからでは遅いから

父の認知症がこれからどうなっていくのかは、わかりません。
食事ひとつとっても、今回のように予想もしなかったことが起こる。
暴言もある。
暴力もある。

そして私自身も、以前のように何でもできる身体ではありません。
「家族なんだから」という言葉だけで抱え続けて、何か大きなことが起きてからでは遅い。
だから今は、代表のケアマネさんと相談しながら、入所できる可能性のある特養にはできるだけ申し込んでいくつもりです。
一泊二日。たったそれだけ家を空けただけなのに、帰宅して電子レンジの中に入った食パンを見て、

もう、この生活を一人で支え続けるのは無理なんだ。

改めて、そう思いました。

介護する側だって、倒れるまで頑張れるわけじゃない。
「もう無理です」そう言わなければ、周りには伝わらないこともある。

今回、役所に電話するところまで追い詰められて、ようやく少しずつ状況が動き始めました。
でも、まだ何も解決していません。
それでも今は、一日でも早く、安心して暮らせる環境に変わってほしい。
ただ、それだけを願っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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