4月25日
尾崎豊さんの34回目の命日でした。
この日が来ると
必ず思い出す光景があります。
病室で流れた、あのニュース
当時の私は入院中でした。
幼い頃の火傷痕の
皮膚移植のための入院。
6人部屋には
同じ年頃の女の子たち。
とても仲良くなって
夜遅くまで看護師さんの目を盗み
おしゃべりした懐かしい思い出や
日中もずっとおしゃべりしてました。
部屋にあるテレビは一つだけ。
いつものように流れていたニュースが、
突然空気を変えました。
「尾崎豊さん 死去」
その瞬間、部屋の空気が止まった。
誰も言葉を発せず
中には泣き出す子もいました。
私たちの世代にとっての存在
尾崎豊さんは
私たちの世代にとって
あまりにも大きな存在でした。
特に卒業シーズンには
尾崎豊さんの「卒業」が必ず流れたものです。
友達のほとんどが聞いてた。
ティーンエイジャーに共感できる
何かが
尾崎豊さんにはあったんでしょうね。
私は当時から
B’zが一番推しなのは
変わらないですが(笑)
いろんな音楽を聴く中で
尾崎豊さんの「シェリー」は
特別な一曲でした。
↑声がワイルド~
ニュースでは
事件なのか事故なのか?
連日報道されていたのを覚えています。
今でも残る声
あれから年月が経った今でも
ふとCDを手に取ることがあります。
そして最近
偶然耳にしたのが
息子・尾崎裕哉さんの歌声。
「I LOVE YOU」を
カバーしていたのですが——
思わず、鳥肌が立ちました。
まるで本人が歌っているかのような、
あまりにも似ている声。
【息子を通して、歌っているのでは?】
そんなふうに感じてしまうほどでした。
時を越えて、つながるもの
偉大な父を持つことは
きっと簡単なことではない
それでも
尾崎豊さんの楽曲を
今の時代に届けられる存在は
彼しかいないのかもしれません。

私の中の記憶
あの入院生活の中で
消灯後の夜に
こっそりB’zのラジオを聴きながら
当時、発売前によく流れていた
「TIME」の印象が強くて…
この曲を聴くと、
なぜか必ず尾崎豊さんのことを思い出します。
音楽って、不思議ですね。
初めて聞いたときの状況が
今も思い出される。

もし、今も生きていたら
今年で還暦だったそうです。
きっと——
とても渋くて
かっこいい“イケオジ”になっていたはず!!!
そんな姿を
一度でいいから見てみたかった。


あの日の記憶は消えない
あの病室で感じた空気。
言葉を失ったあの瞬間。
今でも、鮮明に覚えています。
そしてこれからもきっと
4月25日が来るたびに思い出すのでしょう。
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